2018年6月3日 週報より

 

◇ 説 教 要 旨 ◇

       

「この人は神様だ」

使徒言行録28章1~10節

難破したパウロたちはマルタ島に漂着しました。島の人々は火を炊いてもてなしてくれました。パウロが枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮が熱気のため出てきました。そしてパウロの腕に絡みつきましたが、蝮を火の中に振り落とし、何の害も受けませんでした。人々はパウロの様子をうかがい、何も起こらないのを見て「この人は神様だ」と言いました。

 「この人は神様だ」。この言い方は田舎に行けば良く言われます。「あの人は神様だから」とか「あの人はキリストだから」と。これは私たちの側の概念であって、言っている方は案外そういう風には見ていません。ではどういう風に見えるのでしょうか。それは私たちが教会なのです。教会とは建物ではありません。十字架やステンドグラスでもありません。震災のときに大勢の方がボランティアに来てくださいました。仮設住宅でとても良い働きをしてくれましたが「教会さん」と呼ばれました。「教会さん」というのは建物のことでしょうか。そうではありません。イエス様を信じる私たち1人ひとりが教会なのです。聖書には「キリストを着る」と表現している箇所があります。そう考えれば「あの人はキリストだから」という言い方は間違いではないのかもしれません。教会のことやイエス様のことはわからなくても、あなたが教会に行っていることは知っている。だから「あなたが教会であり、キリストなのだ。」そういう理解なのです。

「この人は神様だ」という言葉は、あなたが神様なのではありません。でもイエス様を知らない人々には、震災のときに教会から来たボランティアが「教会さん」と呼ばれたように、私たちが教会であり、言うなればイエス様の使いなのです。

 


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